大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台家庭裁判所 平成10年(家)708号 審判

申立人 甲山X夫

主文

本件申立を却下する。

理由

(申立の趣旨)

申立人の名「X夫」を「X雄」と変更することの許可を求める。

(申立の理由)

1  申立人は、昭和47年頃から平成4年頃までの間、暴力団組織である○○会系△△会に所属し、配下15名位を擁する乙川興業(乙川は申立人の旧姓)の組長であったが、平成4年頃、同組を解散し、組織から脱退して、暴力団関係者との縁を絶った。

2  申立人は、暴力団から足を洗った後、宮城県〈以下省略〉に事務所をおくa有限会社の専務取締役として土木工事の仕事に従事しており、同社の代表者も暴力団とは全く関係がない人物である。

3  土木工事の発注者は、工事発注に際し、興信所等に依頼して受注者の身元調査を行うのが通例であり、受注者が暴力団関係者であることが分かると、発注してもらえなくなる。また、上記「a有限会社」は、役員を入れ替え、社名を「a1有限会社」と変更することにしているが、その際の身元調査により、過去のことが判明するおそれがある。

4  申立人は、調査されても過去のことが分からないようにし、暴力団との過去の繋がりをはっきりと断ち切り、真面目な人間となって、生まれ変わってやっていくために、名を「X夫」から「X雄」(母方祖父と同名)と変更したい。

(判断)

記録によれば、申立人は、その主張するように、かつて暴力団組織に所属していたが、平成4年頃、所属していた組を解散し、組織から脱退して暴力団関係者との縁を絶ち、その後は、土木工事を経営する会社の役員として働いていることが認められる。

確かに、取引先の身元調査等により、過去に、申立人が暴力団組織に所属したことが判明すれば、それが色々な場面で、仕事上の不利益に結びつくであろうことは、想像に難くない。申立人が、名を変更することにより、暴力団との過去の繋がりが発覚することを防止し、上記のような不利益を絶ちたいとする心情は、それとして理解しえないこともない。

しかしながら、申立人が暴力団から脱退してから後、申立人が役員をしている会社が、申立人の過去の履歴により、営業上の支障や不利益を受けたことを示す証左は見出せない。申立人の更生はそれなりの成果を上げてきたものと思われる。このように、暴力団からの離脱、更生は、自助努力により達成すべきが原則であり、名の変更を更生の一助とするのは筋違いというべきであろう。

しかも、記録によれば、申立人は、平成5年10月21日、母の氏を称する入籍届出により、その氏を「乙川」から「甲山」に変更しており、今回の名の変更が認められると、比較的、短時日のうちに、氏、名を共に変更することになる。このような結果は、人の同一性の認識についての国家・社会の利益を、正当な理由なく損なうものといわざるを得ない。

申立人が改名を必要とする事情として挙げる理由は、戸籍法107条の2にいう「正当な事由」のある場合に該当しない。

よって、参与員の意見を聴いたうえ、本件申立を却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 井上廣道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例